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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)3953号 判決 1988年11月22日

原告

高峰清市

細川典俊

植地計

右三名訴訟代理人弁護士

今野勝彦

前田惠三

被告

佐々利子

佐々正太

佐々真名美

右両名法定代理人親権者

佐々利子

右三名訴訟代理人弁護士

村上誠

被告

佐々美代子

右訴訟代理人弁護士

河野曄二

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  原告高峰清市に対し、被告佐々美代子は金二〇〇三万四〇四六円、同佐々利子は金一〇〇一万七〇二四円、同佐々正太及び同佐々真名美は各金五〇〇万八五一二円、原告細川典俊に対し、被告佐々美代子は金八九四万五八三〇円、同佐々利子は金四四七万二九一五円、同佐々正太及び同佐々真名美は各金二二三万六四五八円、原告植地計に対し、被告佐々美代子は金一九六万一七九〇円、同佐々利子は金九八万〇八九五円、同佐々正太及び同佐々真名美は各金四九万〇四四七円並びに右各金員に対する被告佐々美代子は昭和六二年四月三日から、被告佐々利子、同佐々正太、同佐々真名美は昭和六二年四月二日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

主文同旨。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求の原因

1  亡佐々佐(以下「亡佐」という。)は、東京経営計理学校(以下「学校」という。)の名称で簿記・経理・会計の教育、税理士受験、簿記検定資格の取得等を目的とする事業を個人として営んでいたもので、原告高峰は昭和三〇年五月、原告細川は昭和三八年四月、原告植地は昭和五〇年四月、それぞれ、亡佐と雇用契約を締結し、以来、学校の助講師、主任或いは教頭などを歴任した。

2  亡佐は、昭和五九年五月一七日死亡し、被告美代子はその妻として、亡佐々正名(以下「亡正名」という。)はその養子として、各二分の一ずつ亡佐の遺産を相続した(雇用契約も、被告美代子、同正名の両名が承認した。)が、その後、学校の経営を引き継いだ亡正名が、学校の用途に供していた土地建物を第三者に譲渡したことから、原告らは、昭和六〇年三月三一日をもって退職するの止むなきに至った。

3  原告らは、在職中は、別表(略)(1)ないし(3)のA欄のとおり給与の支払を受けていたが、退職直前の昭和六〇年三月二七日に亡正名から学校の給与規則(以下「本件給与規則」という。)を見せられたので、これに基づいてそれまでの給与を計算したところ、別表(1)ないし(3)のB欄のとおりであることが判明した。すなわち、原告らは、本件給与規則どおりの給与の支払を受けていなかったもので、その差額は別表(1)ないし(3)の右欄記載のとおりである。

また、原告らは、亡佐から、賞与は給与総額に対する割合を基準にして決定するとの説明を受けてきたが、賞与の算定基準である給与が増額修正されれば当然に賞与も増額することになり、その金額は、別表(4)ないし(6)のとおりである。

更に、学校を退職するに当たって、原告高峰は七五〇万円、原告細川は四〇〇万円、原告植地は一二〇万円を、それぞれ、退職金として受領したが、これは、本件給与規則に反する低額なもので、右規則どおりに計算すると別表(7)A欄のとおりとなり、受領した退職金との差額は同(7)B欄のとおりである。

4  亡正名は、昭和六一年二月一二日死亡し、被告利子はその妻として、被告佐々正太、同佐々真名美はその子として、それぞれ、亡正名の債権債務を相続した。

5  よって、原告らは、雇用契約及びその終了を原因として、別表(8)のとおりの給与、賞与及び退職金の各支払請求権を有するところ、被告らの相続分に応じて分割すると、請求の趣旨記載のとおりとなるので、その支払及び仮執行宣言を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否及び抗弁

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1のうち亡佐の学校経営の事実は認めるが、その余は不知。同2のうち亡佐の死亡、相続のみを認め、その余は不知ないし争う。同3のうち退職金の受領の事実は認めるが、本件給与規則の存在は争い、その余は不知。退職直前まで原告らにその存在を知られていなかった本件給与規則が雇用契約の内容になる筈はない。同4は認める。

2  被告らの抗弁

仮に原告ら主張の請求権が認められるとしても、原告らが調停を申し立てた昭和六一年三月一七日の二年前である昭和五九年三月一七日以前の請求権については、既に時効によって消滅しているので、被告らは右消滅時効を援用する。

3  被告美代子の抗弁

亡佐の法定相続人は亡正名と被告美代子の二名のみであったが、両者間で、昭和五九年八月二日、亡正名が、学校の経営を引き継ぎ、そのための土地、建物その他の一切の債務を承継する旨の遺産分割協議が成立した。

したがって、右協議成立後に発生した原告らの給与、退職金等の請求権は、学校経営者たる亡正名との間に生じたこととなり、被告美代子には、その支払義務はない。

三  抗弁に対する原告の認否及び再抗弁

1  原告らが調停を申し立てた事実は認めるが、遺産分割協議の存在は不知。

2  再抗弁

原告らは、学校に在職中は、亡佐から、常々、給与等は東京都の教職員並みにしてあるとの話しを聞かされていたので、学校には東京都の教職員給与基準に準じた給与規則が存在し、亡佐はその給与規則に従い原告らに給与等を支払っているものと信じ、亡佐より給与等を受領していた。すなわち、原告らと亡佐との間では、東京都の教職員給与に準じた給与規則があることを前提にして雇用契約が成立していたのである。

ところが、原告らは、昭和六〇年三月二七日、亡正名から本件給与規則を初めて見せられ、それまで受領してきた給料等が右給与規則に基づかないものであることを知った。これによって、亡佐及び亡正名は、原告らに対し給与規則に従って給与等を支払う義務があるにも拘わらず、関係官庁に提出してある給与規則の存在を故意に隠蔽し、しかも、給与支払明細書に基本給、所定時間外賃金、家族手当ての各欄の記載をせず、支払総額のみを記載するという隠蔽方法をとることにより、原告らの給与規則に基づく給与等の支払請求の機会を奪っていたのであるから、被告らの時効の抗弁は、信義則に反し権利濫用として排斥されるべきである。

四  再抗弁に対する被告らの認否

原告らの再抗弁事実は争う。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求の原因1のうち、亡佐が簿記・経理・会計の教育、税理士受験、簿記検定資格取得等を目的とする学校を個人として経営していたことは、当事者間に争いがなく、原告高峰、同細川各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、それぞれ、その主張の日に亡佐と雇用契約を締結して学校の助講師、主任、教頭等を歴任し、昭和六〇年三月三一日、これを退職したことが認められる。

二  そこで、本件給与規則が就業規則の一種として適式に作成され、従業員の給与を決定する基準として実際に適用されていたかどうかについて検討する。

1  原告らが本件給与規則であると主張する甲第二号証は、その表紙に「給与規則」「東京経営計理学校」と表示され、その二頁以下に、第一章から第七章にわたって、給与の種類、計算方法、締切日及び支払日のほか、基本給、諸手当、昇給、賞与、退職金などが詳細に記載され、かつ、別表として、年齢給・勤続給・職能給をもって構成された基本給表と退職事由別の退職金支給率表が添付されたもので、第八章の付則には、「この規則は昭和五三年三月二七日から施行する。」と記載されたものである。そして、原告高峰本人尋問の結果によって真正に成立したことが認められる甲第三号証には、学校の元事務局長であった佐々木末太郎名で、本件給与規則、就業規則とともに、昭和五二年一〇月ころ、労働保険(労災保険、雇用保険)加入のため作成し、労働基準監督署に届出てある旨の記載があり、また、同甲第八号証に、同じく佐々木末太郎名で、昭和五五年三月三一日鈴木照枝に支払われた退職金は本件給与規則の別表甲表による基本給を基準にして支払われたことに間違いはない旨の記載がある。

2  しかしながら、本件給与規則が就業規則の一種として適式に作成され、従業員の給与を決定する基準として実際に適用されていたものと認めることはできない。その理由は、以下のとおりである。

(一)  まず、本件給与規則には昭和五三年三月二七日から施行する旨の記載があるので、それが作成されたのも右日時に近接した時期と推測されるが、本件の全証拠によっても、具体的な作成の状況が明らかでないことである。

就業規則の作成に当たっては、労働組合又は労働者の過半数を代表する者の意見を聴取することが必要とされ(労働基準法九〇条一項)、また、作成された就業規則は、常時、各作業場の見易いところに掲示するなどして労働者に周知させることが必要とされているが(同法一〇六条一項)、就業規則の一種である本件給与規則については、そのいずれについても履践されたことを認めるべき証拠はないのである。特に、原告高峰、同細川の両名は、昭和三〇年或いは三八年から学校に在職していたのであるから、本件給与規則が就業規則として適式に作成されたものとすれば、当然に、労働組合又は代表者を通じて意見を聴取されている筈であり、また、掲示された実物を見るなどしてその内容を知っている筈であるが、右原告ら各本人尋問の結果によると、本件給与規則を見たのは、両名ともに、退職の直前である昭和六〇年三月二七日が初めてであって、それまではその存在を知らなかったというのである。他に、学校に在職する原告ら以外の従業員が本件給与規則の作成について意見を聴取されたとか又はその内容を周知されていたとの事実を認めるべき証拠はない。

右のことは、仮に本件給与規則がその施行日とされている時期に近接して作成されたものとしても、その目的は、学校に在職する従業員の給与基準を定めるためというよりも、何らか別のところにあった可能性が強いことを意味するものである。前掲甲第三号証に、本件給与規則は、就業規則とともに、「労働保険(労災保険、雇用保険)加入のため作成し、労働基準監督署に届出た」との記載があることは、右のような見方を裏付けるものということができる。

(二)  次に、学校では、本件給与規則の定めるところに従って給与が決定され支払が行われていた事実を認めることができないことである。

この点について、原告らは、在職中は、亡佐から、常々、給与等は東京都の教職員並みにしてあるとの話しを聞かされていたので、学校には東京都の教職員の給与に準じた給与規則が存在し、亡佐はその給与規則に従って給与等の支払をしているものと信じてこれを受領していたと主張する。そして、原告高峰、同細川各本人尋問の結果中には、右主張に符合し、かつ、本件給与規則がまさしく東京都の教職員の給与に準じた給与規則と一致するかのように述べた部分がある。

しかし、原告らが実際に支払を受けていた給与が本件給与規則の定める基準よりも低いものであったことは、その差額の支払を求める本訴の提起自体によって明らかであるから、実際上、本件給与規則の定める基準に従って給与が決定されていなかったことに疑問の余地はない。しかも、この状態は、本件給与規則の施行日とされている昭和五三年三月二七日から原告らが退職する昭和六〇年三月三一日まで七年間にわたって継続しているのであって、単なる事務処理上の過誤や一時的な現象ではないのである。また、本件給与規則と東京都の教職員の給与との対比を明らかにした証拠はないので、本件給与規則が東京都の教職員の給与に準じたものかどうかは明らかではないが、この点はさておくとしても、給与生活者である原告らにとっては、実際に支払を受けている給与が東京都の教職員の給与に準じたものかどうかは重大な関心事であって、しかも、そのことは容易に調査し確認することができた筈のものである。しかるに、右原告ら本人尋問の結果によると、原告らは、亡佐の言葉を信用していたので特に調査することもしなかったというのであって、かかる態度は、給与に対する通常の関心からすれば極めて不自然というほかなく、したがって、学校には東京都の教職員の給与に準じた給与規則が存在しているものと信じていたという原告らの主張及び供述は、説得力に乏しく、到底、採用することができない。いわんや、原告らと亡佐との間では、東京都の教職員給与に準じた給与規則があることを前提にして雇用契約が成立していたことを認めるべき証拠はない。

もっとも、前掲甲第八号証と原告高峰、同細川各本人尋問の結果中には、学校の教職員のうち鈴木照枝、長谷川隆雄の両名は本件給与規則の定める基準に従って給与の支払を受けたかのように示す部分がある。しかし、右原告ら本人尋問の結果によれば、その趣旨は、結局、亡正名から見せて貰った学校の賃金台帳に記載された両名の退職金が、同じく賃金台帳に記載された退職時の基本給と本件給与規則別表の退職金支給率とを乗じた金額に一致したことから、右のように判断したというものであって、賃金台帳に記載された両名の基本給が本件給与規則別表の基本給表と一致するかどうかは分からないというのであるから(賃金台帳に記載された基本給は本件給与規則の金額とは違うことを明確に述べた部分もある。)、右証拠のみでは、本件給与規則の定める基準に従って給与が支払われていたものと認めることはできない。かえって、原告高峰本人尋問の結果中に、元事務局長であった佐々木から、本件給与規則に基づいて昇給案を作っても校長である亡佐に作り直しを命じられて規則どおりにはならなかった旨を聞いたとの部分があることを併せ考えると、むしろ、本件給与規則の定める基準に従って給与が決定された事実はないと認めるのが相当である。

(三)  また、原告高峰、同細川各本人尋問の結果中には、亡正名が、原告らが退職する直前の昭和六〇年三月二七日、本件給与規則を原告らに交付して、これに基づいて退職金を計算して支払うことを約束したとの部分がある。しかし、これは、右原告ら各本人尋問の結果からも伺われるように、亡佐の死後、学校の経営を引き継いでから一年も経過していない亡正名が、本件給与規則が既に原告らに交付されていて実際に適用になっているものと思い込んでいたため、これに基づいて退職金を支払う旨を話したと見るのが相当であるから、退職金の支給率は別として、亡正名の右発言を捉えて、過去の給与までをも本件給与規則の定める基準に従って支払うことを約束したものと解することはできない。

(四)  以上のとおりであって、本件給与規則が学校に在職する従業員の給与基準を定める目的をもって作成されたことはもとより、従業員の給与が実際に右基準に従って決定され支払われていた事実をも認めることはできないから、本件給与規則は、雇用契約の内容を直接に規律する就業規則としての効力を有するものではないと解するのが相当である。もとより、本件給与規則の存在が明らかになった以上はそれが遡及して適用されるべきであるというような特別の根拠も見出すことはできない。

三  そうとすると、原告らの請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田豊)

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